『世界で一番飲まれているカクテルってなんだい?』
終電が終わり始め、池袋の街が深淵の淵を覗かせてきた頃
少し顔の赤らんだ中年サラリーマン男性は
私にそう尋ねてきた。
さて、どうしたものか
“世界一”どんな定義であろうか?
そんなもの石を投げればぶつかるほど存在している。
ギネスブックがいい例だ。定義さえ決めてしまえば
誰だって、なんだって世界一になれる世界だ。
なんて素晴らしいのだろう。
そう、お分かりの通り
私は元来深く内省する人間なので
しばしば会話のテンポをつまづかせてしまう
(自分自身ではよく言われるように、長所でもあり短所でもあるってやつだ)
しかしながら
池袋の街が深淵の時間にその思慮を介在させた会話を
彼は求めているのだろうか?
いや、十中八九そんな答えを求めてはいない。
彼が欲しいのは極々普通の
彼が知り得た知識を今から披露できる環境だけだ。
そう、つまりこの定義”世界一”について疑問は持っていないのであろう。
またも自分の中で広がる内省に嫌気がさした。
コミュニケーションというキャッチボールの中で
現在進行形で悩んでいる自分自身が存在している時点で
コミュニケーションとしては失敗なのかもしれないし
ある意味で、アルコールの入った
男性に自ら放った言葉の茫漠性を半数させるためには
成功と捉えて良い時間だったのかもしれない。
ある意味では。
なんにせよ
何はともあれ
答えねば
「世界で一番?カクテル?面白いですね。
今までの人生で考えてもみませんでした。
大凡くだらない回答で申し訳ございませんが
“ジン&トニック“ですかね?」
「面白い答えでは無いが、お兄ちゃん、
確かにみんなそう答えるだろうな。
“オールドファッションド”
だよ。」
定義はなんであれ
“確かに”と心の中で納得した自分がいた
その男性はそのまま支払いを済ませ、
「嫁が待っている。この話はまたのお預けだな、また次回このバーで。」
と言い
そのまま去っていった。
一番飲まれているもの
価値のあるものなのだろうか?
なぜ世界一になれたのだろうか?
なぜオールドファッションドは世界一になれたのであろうか
オールドファッションドを“世界一たらしめたモノ”はなんだったのであろうか.
そのカクテルを初めて作ったバーテンダーを
バーテンダーたらしめたものはなんだったのだろうか?
そう、そして
自分自身を自分たらしめるものが
一体なんなのか
そんなくだらなく答えの見えない考えを
マールボロのボックスを吸いながら
グラスを片手に一人考える。
世界で二番目に飲まれているという
“ネグローニ”を飲みながら。
今日だけはお前が世界一のカクテルだ。
ネグローニ
ビーフィータジン
アンティカフォーミュラ
カンパリ
オレンジピール